2018年01月30日
  東北大学コラム

【脳はカルシウムがなければ働かない!?】第5回 カルシウムと脳の病気

東北大学大学院医学系研究科・准教授、同大学院医工学研究科・准教授   小山内  実

仙台放送ニュースアプリ【みんなのゼミ】にて
2015年11月13日掲載

 

今回は皆さんが最も関心が高いと思われる脳の病気とカルシウムの関係についてお話しします。

アルツハイマー病などの認知機能の障害は、記憶が正常にできなくなることが原因であるといわれています。そこで、カルシウムと第1回でお話しした記憶・学習・忘却の元となるシナプス伝達の可塑性との関係についてお話しします。

 

近年研究が進み、特に情報を受け取る側であるシナプス後細胞で、記憶や忘却に関係するシナプス伝達の可塑性のメカニズムの一部が分かってきました。

シナプス伝達が起こると、シナプス後細胞の棘突起 (スパイン) と呼ばれる場所で細胞の電位変化が起こります。何らかの原因で細胞の電位が少し高くなっているときにこのシナプス伝達が起こると、電位の変化がより大きくなるので、第2回で紹介した電位依存性カルシウムチャネルや一部のグルタミン酸受容体を通して細胞内にカルシウムが入ります。加えて、シナプス伝達などにより放出された神経伝達物質が代謝型受容体に作用すると、第4回で紹介した小胞体と呼ばれるカルシウムの貯蔵庫からカルシウムが放出されます。

 

その結果、棘突起内のカルシウム濃度が高くなり (1 マイクロモル/リットル (1 μM) 程度: マイクロは 100 万分の 1)、同じく第4回で紹介したように、様々な酵素の活性が高まります。それによって、第1回で紹介した受容体の数が増えたり、イオンチャネルの性質が変わったり、棘突起が大きくなったりして、長時間に渡ってシナプス伝達が強化されます。

 

これをシナプス伝達の長期増強といい、これによって記憶形成が行われると考えられています。

なお、正常な学習のためには、記憶だけでなく、忘却も大事です。この忘却の過程にもカルシウムが関与しています。

 

何らかの原因で細胞の電位が少し高くなることがありますが、長期増強とは異なりその時にシナプス伝達が起こっていない状態を考えます。少し電位が高い状態では、小さな電位変化で開くカルシウムチャネル (T 型カルシウムチャネルといいます) が開いて、棘突起のカルシウム濃度が少し上がります (300–500ナノモル/リットル (300–500 nM) 程度)。そうすると、受容体の数が減ったり、棘突起が小さくなったりするなど、先ほどの長期増強とは逆の現象が起こり、シナプス伝達が弱まります。これをシナプス伝達の長期抑圧といい、この長期抑圧により記憶の消去、つまり忘却が起こると考えられています。

なお、長期増強の説明でも、長期抑圧の説明でも、「何らかの原因」というのが出てきましたが、この何らかの原因というのは、シナプスを短時間に繰り返し利用することによる細胞の電位の上昇や、睡眠中に起こっている細胞の電位のゆっくりした振動などを指します。このことから、反復学習により同じシナプスを繰り返し使うことが記憶に大事であるということと、良い睡眠が記憶・学習・忘却に大事だということが考えられます。

 

さて、第2回でお話ししましたように、通常のニューロンでは、細胞の中のカルシウム濃度は非常に低く保たれていますが、アルツハイマーではその濃度が少し高くなっている、という報告があります。つまり、アルツハイマーではシナプス伝達の長期抑圧と同じ現象がいつも起こっているので、記憶が消去されてしまうと考えられています。

 

この細胞内のカルシウム濃度の異常には、第4回でお話ししたカルシウムの貯蔵庫である小胞体の異常も関与しています。アルツハイマー病やパーキンソン病など、いくつかの脳・神経疾患では、この小胞体の機能に異常があり、細胞の中のカルシウム濃度変化の様子が正常の場合と異なっていることが報告されています。それによって、アルツハイマーのようにニューロンの機能に異常が生じたり、ひどくなるとニューロンが死にやすくなったりすることが病気の一因である、ということが最近分かってきました。

 

これらの話をまとめると、ニューロンのカルシウム濃度は厳密にコントロールされていて、そのコントロール機能が少しでもおかしくなると、記憶・忘却などが異常になったり、細胞が死にやすくなったりして、認知機能の異常などの症状を示す脳の病気になってしまう、ということになります (詳しくは、「認知機能とカルシウム」 (小川 純人 編) 医薬ジャーナル社、などの書物をご覧ください)。

 

また、脳の機能とは直接関係ありませんが、脳梗塞のように脳の血流が止まったりして、ニューロンに酸素や栄養 (ブドウ糖) が供給されなくなると、脳の細胞が死んでしまいます。その結果、脳の機能が失われるため、麻痺などの身体の異常が発生します。このように酸素不足やブドウ糖不足などでニューロンが死んでしまう時には、様々な原因で細胞の中のカルシウム濃度が高くなることが知られています。このような状況で細胞が死んでしまう時に、カルシウム濃度が高くなることを防ぐことができれば、脳の細胞が死ぬのを抑えることができるかもしれない、と考えられています。

 

さて、ここまで脳とカルシウムの関係についてお話してきましたが、カルシウムをたくさん食べれば長期増強がたくさん起こって頭が良くなるのか?逆に脳梗塞と同じようなことが起こって脳の細胞は死んでしまうのか?など様々な疑問を持たれたと思います。

 

私の考えでは、たくさんカルシウムを食べたからといって、頭がよくなることも、細胞が死んでしまうこともありません。

 

第1回の時にお話ししましたが、身体の中のカルシウムはほとんど骨に存在します。生体は血中のカルシウム濃度を感じて、カルシウムが不足していれば骨からカルシウムを出し、カルシウムが余っていれば骨にカルシウムを取り込んだり、尿などから排出したりして、常に一定の血中カルシウム濃度を保つ仕組みがあります。

 

但し、カルシウムが不足した状態が長く続くと、骨からカルシウムが出て行ってしまうので、それ以上骨からカルシウムが出せなくなります。この状況が長く続くと、血中カルシウム濃度が低下して、脳機能が低下する恐れがあります。

 

ですので、骨の状態を保つことができる量のカルシウムを食事で摂ることが、脳にとっても大事だということになります。カルシウムを効果的に吸収するためや、カルシウムの血中濃度を安定に保つために、タンパク質やビタミンが大事だといわれていますので、カルシウム以外の食材も含めてバランスの良い食事が大事だと思われます。

 

タンパク質やビタミンが必要量摂取できている上で、骨の状態が良ければ、血中カルシウム濃度はほぼ一定です。ですので、カルシウムをたくさん摂ったからといって、脳梗塞のようにニューロンにたくさんカルシウムが入って死んでしまう、ということもありませんし、記憶の元となるシナプス伝達の長期増強が起こりやすくなって頭が良くなる、ということもありません。

但し、カルシウムを大量に摂りすぎると、血栓や結石ができやすくなる可能性もあるので、注意が必要です (普通の食事をしている限り、そのようなことはほとんどないとは思いますが)。

 

ちなみに、「カルシウム不足でイライラする」という話を聞いたことがあるかもしれません。このカルシウム不足とイライラの関係は、このコラムでお話ししている脳が働くためのカルシウムとは直接関係しません。細胞の外のカルシウムは、ニューロンの活動が不用意に起こらないように細胞を保護するような役割を持っています。カルシウムが不足すると、その保護作用が低下してニューロンの活動が起こりやすくなりイライラすると考えられています。

 

これらのことをまとめると、正常な脳機能を保ち、健康でいるためには、過剰にカルシウムを摂る必要はなく、バランスの良い食事を心がけることが大事だということになります。

 

5回に渡って、脳とカルシウムの関係についてお話してきました。少し難しいところもあったと思いますが、そこはお許しください。学生さんなどでこのような研究に興味を持つ方がいらっしゃいましたら、遠慮なくご連絡ください。

 

では、皆さん、バランスの良い食事と良い睡眠で健康な脳を育んで、充実した生活を送りましょう!

 

【プロフィール】

小山内 実 (おさない まこと)

・東北大学大学院医学系研究科・准教授、同大学院医工学研究科・准教授を兼務

・茨城県水戸市生まれ、水戸一高卒 (小学校1年までの幼少期を仙台市で過ごす)

・脳機能解明に向けて、カルシウムイメージングを主な手法として研究を行っている。

・著書には、認知機能とカルシウム―基礎と臨床― (小川純人 編) 「大脳における細胞内カルシウム振動と神経・認知

※所属等は取材当時のものです。

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