2019年07月30日
  コラム

「がんを知っていますか?」

私は、ヒトの身体がどのように出来上がっているのか、という問題に興味を持って研究を始めました。ヒトは、一つの受精卵が次々と分裂をして、いつの間にか様々な機能を獲得し、一人の人間として生きています。そして残念なことに、寿命がやってきます。日本では死亡原因の最も多い疾患は「悪性新生物」一般に「がん」と呼ばれている疾患です。とすれば、「がん」もヒトの身体が出来上がった最終像と考えることができるかもしれません。

 

がんの本態は、正常な細胞増殖の制御から逸脱して増殖を繰り返す細胞の集まり、または、本当は生き残るべきではない細胞が生き残っている状態と考えることができます。そこで、私たちは、正常な細胞増殖の機構や細胞死の機構を理解し、がんと比較すれば、何ががんを引き起こしたのかを知ることができるだろうと考えてきました。実際に、細胞増殖や細胞死の制御機構について盛んに研究され、膨大な情報を得ることができました。そしてそれらを元にがんの治療に有効だろうと考える薬が多数開発されています。しかし残念ながら、その有効性は十分であるとは言えない状態です。がんで亡くなる方がまだまだ多いのですから。

 

がん細胞の特徴の一つに、遺伝子の異常が挙げられます。正常の細胞と比べてみると、がん細胞では、例えば異常な増殖を抑える機能を持つ遺伝子に傷を見つけることがあります。そのような細胞では、増殖を抑えることができなくなり結果としてがんになってしまうのです。様々な患者さんのがんを観察すると、様々な遺伝子に傷が付いていることがわかってきました。患者さん毎に傷付いている遺伝子が異なっていると言っても過言ではありません。さらに一人の患者さんの腫瘍組織を調べてみると、傷が付いている場所が異なる細胞の集団であることもわかってきました。

 

少し考えてみると、このような事が起こる理由はわかります。そしてこの事はかなり困った事です。腫瘍という塊は、遺伝子に傷を付けながら細胞増殖を繰り返している「がん細胞」から構成されています。塊を見てみると、例えば細胞の栄養となる栄養素や酸素が豊富に供給される場所にいる細胞と、そうでない細胞がある事がわかります。とすると栄養が足りないところでは、栄養が足りなくても元気な細胞が優先的に増えるでしょう。一方で、栄養が豊富な場所では、栄養をどんどん取り込む事ができる細胞の方が有利かもしれません。

図1:腫瘍は、様々な細胞から構成されている。また同じがん細胞であってもその性質は異なっている。

 

このように一人の患者さんの腫瘍であってもその中の環境が異なる中、次々に環境に適応した細胞が生まれ増えていきます。これを、腫瘍細胞の進化と呼んでいます。生物が地球上の環境に適応して進化し、多様な生物を産み出した事と似ています。多様な細胞からなる腫瘍ですから、ある細胞に有効な薬剤を投与しても、他の細胞にはあまり有効ではないという事は想像できます。先にかなり困った事と書いたのは、この事です。大半の腫瘍細胞に有効であっても、全てのがん細胞が死滅する訳ではなく生き残った細胞はさらに増殖をします。(図2参照)

図2:がん細胞は、時間経過と共に次々と遺伝子の傷が重なり、異なる性質を持つがん細胞へと変化する。生物が環境に応じて進化を遂げる事と似ている。

 

がん細胞は遺伝子に傷が付いていると先程述べました。そうであれば正常な細胞とは異なります。私たちは免疫機構を持っていて、正常とは異なる物を排除しようとします。ウィルスや細菌を排除して感染症から守られているのと同じ仕組みです。しかし、がん細胞は排除されずに腫瘍を形成します。これは、がん細胞が排除機構を抑制する力を持っているからであるということがわかりました。

 

この抑制する力を抑える薬を開発されたのが、2018年にノーベル賞を受賞された本庶佑先生らのグループです。多くのがん細胞が持つ生き残り戦略を標的とした治療法でとても期待されています。

 

さて、ここまでがん細胞の特徴として遺伝子に傷が付いている、そして傷の付き方は非常に多様である事を述べてきました。傷が付く事ががんの原因であれば、傷が付かなくすれば良いのでしょう。しかし、正常な細胞が生きていく間に傷が付く事がわかっています。ですので、傷を全く付けない事はできません。しかし、がんを予防しようという研究は盛んに行われています。また、早期に発見すれば治療できるがんも多数あります。そのためには、健康診断を定期的に受けることもとても大切です。

 

日常生活の中でがんになる危険性を減らす方法が、以下の国立がんセンターのサイトに示してありますので参考にしてください。

https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/evidence_based.html

 

【プロフィール】

東北大学 医学系研究科 細胞増殖制御分野教授 / 未来型医療創造卓越大学院プログラムコーディネーター  中山 啓子

なぜ、細胞が美しく正確に二つに分裂することができるのか、さらに同じ遺伝情報を持つ細胞なのに異なる性質を持った細胞へ分かれることができるのか、そのメカニズムを明らかにすることを目指して奮闘中。

 

 

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