2015年06月19日
  東北大学コラム

だから、神話は滅びない【なぜ、神話は滅びないのか?】最終回

仙台放送ニュースアプリ【みんなのゼミ】にて
2015年6月19日掲載

 

知里幸恵(ちり・ゆきえ)をご存じですか。

 

北海道登別のアイヌ家庭に生まれた彼女は、民族の貴重な伝承を残してくれました。アイヌ語と日本語により、1923年に刊行された『アイヌ神謡集』です。

 

有名な序文は、「その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました」と始まります。

 

しかし当時、すでにアイヌと和人の同化が進み、近代化の波に乗って、伝統的な生活は変容のただ中にありました。

 

幸恵は言います、「おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名、なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう」。

 

この本は今日、アイヌ語とアイヌ文化の宝庫です。

 

「銀の滴(しずく)降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」

 

という印象的な神謡(カムイ・ユカラ)から始まる全13歌には、動物の姿をした神々が一人称で自分のことを語る、ふしぎな魅力にあふれた世界が広がっているのです。

 

その魅力はもしかすると、必死の思いで本書をまとめ上げ、校正を終えると間もなく、19歳の若さで心臓麻痺のため亡くなった、知里幸恵の執念がこもっているからなのかもしれません。和服を着た彼女の写真には、笑顔が見えていますが、私は何かしら悲哀の影を感じてしまいます。

 

しかし、時を経て、『アイヌ神謡集』の評価はますます高まっています。どう歌われていたのか復元しようという試みがなされている他、本書をテキストにしてアイヌ語を学ぶ人々も出てきていますし、近年は英語にも翻訳されました。

 

〈なぜ、神話は滅びないのか?〉

 

この連載では、〈滅びの風景〉として神話を読み解いてきました。世界の神話にはそうした一面もあることを、感じていただけたと思います。しかし、最後にお伝えしたいのは、〈滅びの風景〉は未来へとつながる、希望の物語でもある、ということです。

 

神話というのはある意味で、「白鳥の歌」とも言えます。自分たちの信仰や伝統が失われていく、その瞬間を歌い上げたものだからです。けれども、いやそれゆえにこそ、神話には儚(はかな)さや美しさ、力強さが秘められています。

 

そして21世紀——。

神話は滅びるどころか、他の言語に翻訳されたり、さまざまなメディアによって拡散してもいます。「白鳥の歌」は、これからもきっと、歌いつがれてゆくことでしょう。

 

【プロフィール】

山田 仁史

東北大学大学院文学研究科准教授

宗教民族学の立場から、人類のさまざまな神話や世界観を研究中。

著書に『首狩の宗教民族学』(筑摩書房、2015年)がある。

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