2018年05月21日
  東北大学コラム

日記からみた江戸時代 第3回 曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)の日記

東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門 准教授    荒武賢一朗

 

第3回 曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)の日記

このコラムでは、およそ200年前の人々が書きのこした日記を取り上げて、みなさんに紹介しています。私たちが調べているなかで、さまざまな種類の日記がありますし、その内容も書き手によって個性豊かです。前回も少しご紹介した江戸時代の作家、曲亭馬琴の日記を今回のテーマにしていきます。

写真1 『戯作六家撰(げさくろっかせん)』という本に出てくる曲亭馬琴の肖像画(早稲田大学図書館蔵)

 

曲亭馬琴は、明和4年(1767)に江戸で誕生し、嘉永元年(1848)に82歳で亡くなっています。滝沢馬琴という名前に聞きおぼえがある方も多いと思いますが、本名が滝沢であってペンネームでは曲亭馬琴という名前と使っていました。

 

82歳と長寿であったことも目をひきますが、江戸時代の中期から後期に江戸で生活をしていた人でした。また、もともとは武士の家に生まれましたが、蔦屋(つたや)重三郎という出版業を営む商人のもとで仕事をしたあとで、作家業を始めるなど変わった経歴をもっています。

 

馬琴の日記は、文政10年(1827)からおよそ20年間にわたるもので、晩年の日常が書かれています。たくさん文章を書く「筆まめ」な人であったと同時に几帳面な性格で、日常の出来事や世間の動きなどを細かくのこしています。作家だからそれは文字を書くのが得意でしょう、とみなさんは思われるかもしれません。

 

馬琴は、だいたい毎朝6時に起床し、洗顔のあとに仏壇へ手を合わせ、体操を済ませて朝食をとります。そしてお茶を飲んだりしながら、前日の日記を書いています。これを毎日ほぼ変わらずに繰り返しました。つまり、日課には前日の出来事を文章にまとめておくというのが彼の生活で習慣化されていたのです。

 

本業は作家ですから、午前の早い時間帯から執筆活動に入り、何もなければ夕方まで屋敷のなかで机に向かっていたようです。

 

売れっ子作家だったので、同時にいくつもの原稿を書きながら1日を過ごすことは当たり前でした。文政10年9月9日の場合、午前中は『松浦佐用媛石魂録(まつらのさよひめせきこんろく)』という作品を手掛け、午後には『傾城水滸伝(けいせいすいこでん)』の編集作業をおこなうといった感じで日々の仕事を済ませていきます。

 

また、文政11年2月19日の記録では、馬琴の作品に「賄賂目録(わいろもくろく)」という表現があり、これは役人からクレームをつくのではないかとおそれた編集者が馬琴に修正するよう依頼し、書き直しの作業をする場面もあります。

写真2 文政11年(1828)に出版された『松浦佐用媛石魂録』(早稲田大学図書館蔵)

 

馬琴は妻と1男2女の子宝に恵まれ、日記を書いていた晩年は妻、長男夫婦とその子どもたちと同居をしていました。文政11年2月22日の最初には「今朝、お路(みち)安産、男子出生。母子安泰」と書いています。

 

この「お路」とは長男の妻で、産まれたばかりの男の子は馬琴の孫にあたります。母子とも安泰で、この日の午後には赤ちゃんの成育を祈るおまじないが家内でおこなわれたようです。

 

家族に関する記述もたくさん登場しますが、馬琴を取り巻く交友関係も日記のなかで存在感を示しています。江戸時代の大名家のひとつに「松前家」があります。松前氏は、通称「松前藩」と呼ばれて蝦夷地(現在の北海道)の一部を領有しましたが、その8代目藩主の松前道広は文化や遊芸にのめり込んだ殿様だったのです。

 

そして、道広は馬琴の作品をこよなく愛する読者であり、有力な後援者としても知られています。実際に馬琴の長男・宗伯(そうはく)は松前藩江戸屋敷に出入りする医者をつとめました。馬琴の日記にも松前家との親しい関係が時折紹介されています。

 

細かく日常を書いているので、馬琴の屋敷にやってくる来訪者がたくさんいることがわかります。そのなかで興味深い人物が見つかりました。それは吉田源治郎という男性です。彼の仕事は「入歯師」とされていて、義歯(入れ歯)の専門家でした。あるとき馬琴は松前藩の役人から入れ歯の相談を受けたようで、以前から交流のあった源治郎に役人の入れ歯作りを依頼しています。

 

役人が馬琴を通じて依頼した入れ歯は3週間ほどしてから到着したらしく、「替歯(入れ歯)」の噛み合わせや型取りをしたと日記に書いています。それからまた1週間ほどして「入れ歯のつなぎができた」とありますので、およそ1か月程度で役人の入れ歯が完成したと考えられます。

 

歴史資料(古文書=こもんじょ)を調査して、入れ歯の話をみる機会はほとんどありませんが、このような人々の生活で実際に起こる出来事が日記のなかには数多く登場します。しかもそれは当時のベストセラー作家が書いていて、「武士が入れ歯をしていること」や「入歯師という職業があること」を教えてくれます。

 

次回も日記から読み解く江戸時代の出来事を紹介します。どうぞお楽しみに。

 

プロフィール

荒武 賢一朗(あらたけ けんいちろう)

東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門 准教授

日本近世史・経済史専攻。江戸時代の経済や社会を古文書から分析する。地域で大切に守られてきた歴史資料を保全し、未来への継承を目指している。

 

 

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