2018年08月15日
  東北大学コラム

日記からみた江戸時代 第5回 旅日記が語る文化

東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門 准教授    荒武賢一朗

 

第5回 旅日記が語る文化

 

普段の生活のなかで日記を付けるという方はいらっしゃると思いますが、旅行に出かけた時はいかがでしょうか。せっかく休みをとって観光地でレジャーを楽しむのだから、文章を書いている時間なんてもったいない、という考え方もありますね。しかし、江戸時代の旅人は「道中記」と名付けて、自分が歩いた足跡を細かく書いています。

 

道中記という言葉を辞書で調べてみると、2つの意味があります。ひとつは、自分が旅行をしたときの日記や記録、あるいは紀行文とも呼んでいます。もうひとつは、旅行案内の書物、つまりガイドブックのようなものです。いずれも旅行に関する記録であることに違いはありませんが、江戸時代中期以降の道中記が現在まで数多く伝わっています。

 

江戸時代の庶民たちが自分の住んでいる町や村から移動をする場合、役人たちに届け出をして許可をもらう必要があります。これは引っ越しをすることはもちろん、短期間の旅行でも公的な手続きがおこなわれ、どこに行くのか、目的は何か、期間はどれぐらいか、など旅行の計画を出して役人たちに了解をもらいます。思いつきで「明日から旅行に行ってみようかな?」という流れでは認められなかったのです。

 

現代と同じように、どこか遠くへ行くといっても仕事に関係した出張がありますし、親戚をたずねることもありました。ただし、道中記として書きのこす場合の多くは「寺社参詣」を目的にしたものです。それも近所のお寺などに行くのではなく、往復に数か月もかけてはるか遠くまで歩いて旅をする「遠征」です。

 

伊勢神宮、善光寺、高野山といったような寺社には全国から参詣客がやってきます。江戸時代の旅にはお金や時間がかかり、体力勝負でもあるのですが、それをクリアしてぜひ行ってみたいと人々に思わせた原動力とは何だったのでしょうか。この理由を考えてみると、現代の私たちと「江戸時代人」にそれほどの差はありません。

 

ひとつには信仰への強い思いがあげられます。一生に一度、何とかお参りに行きたいと思うほか、家族の幸せを願うなど、今でも変わらない意識があるのでしょう。また、見たことのない名所へ行ってみたい、おいしい料理を食べてみたい、お土産を買って帰りたい、ということも大きな目的です。ただ、景色のきれいな町へ行きたいというだけでは旅行の許可をもらえないので、寺社参詣を目的に、物見遊山を楽しんだ人もいたでしょう。

 

【写真1】渡辺儀蔵「道中記」(白石市渡辺家文書) 渡辺儀蔵は、現在の宮城県白石市で呉服店や醤油・味噌・塩などを扱う総合的な商売「万商(よろずあきない)」を経営していました。この写真には出発した直後の福島、郡山、白河に関する記事があります。

 

 

江戸時代後期に現在の宮城県白石市で商売をしていた渡辺儀蔵(わたなべ・ぎぞう)は、天保10年(1839)7月に自宅を出発して伊勢神宮へ向かいます。普段の儀蔵は仕事で忙しくしていますが、3か月余りの旅行に出かけるためいろいろな準備をして、ほかの4名とともに徒歩でひとまず江戸を目指しました。

 

江戸では、神田明神や上野の寛永寺など有名な寺社へ参詣した様子が道中記でわかりますが、お寺の本堂や仏像などについて詳しく書いているのが特徴です。そこから東海道を通って1か月ほどして目的地の伊勢神宮に到着します。このとき儀蔵は「多年の願望、ありがたく言うも恐れ多し」と、長年の思いを果たしたうれしさを表現しました。

 

儀蔵の旅はこのあとも、奈良・京都、そして四国の金刀比羅宮(ことひらぐう、通称「こんぴらさん」)まで続くのですが、どこに行っても詳しい情報を自ら書いています。

 

このような記録をきれいに書いていくのは旅行中ではなくて、帰宅してからになります。渡辺儀蔵の場合は、道中記として1冊にまとめるまでなんと7年間をかけています。数年前のことを1日ごとに整理するのは記憶をたどるだけでは難しいと思われます。それではなぜ、200ページほどの道中記を正確に書くことができたのでしょうか。

 

【写真2】『旅行用心集』(東北大学図書館狩野文庫)  著者は八隅蘆菴(やすみ・ろあん)という人で、文化7年(1810)に出版された旅行心得書(マニュアル、ガイドブック)です。内容は箇条書きで「道中用心61か条」と題して旅行の準備から服装、食事や旅館の注意点などを教えてくれます。

 

当時、日本全国でベストセラーになっていた『旅行用心集』という本があります。これは旅行者向けのガイドブックでいろいろな情報が詰まっています。たとえば、知らない土地で旅館を見つける方法、お金はいくらぐらい持っていくか、お酒を飲み過ぎないこと、お風呂の入り方など、読んでいくと大変おもしろい内容が紹介されています。

 

ここで最も注目したいのは、「日記の書き方」という項目です。旅行中に名所をたずねたときは「何月何日、どこで、何をみたのか、ありのままにメモする」、「その名所で言葉が頭に浮かんだら俳句・和歌にする」、あるいは「絵心のある人は風景や建物をそのまま写す」というアドバイスがありました。

 

そしてこのようなメモ、俳句、絵を帰ってから浄書(清書)して1冊の紀行文にまとめなさい、としています。なぜ、帰宅してからなのかといえば、旅行中にすべてをきれいにまとめることはできないからだ、と説明文を示します。

 

渡辺儀蔵がガイドブックを読んでいたのかどうかは確認できませんが、おそらく参考にして道中記をまとめたものと思われます。当時、旅行に行くためにはたくさんのお金がかかりましたが、それとあわせて読み書きを器用にこなし、文章をまとめる力や、俳句や絵といった美的感覚が必要だったといえるでしょう。

 

 

プロフィール

荒武 賢一朗(あらたけ けんいちろう)

東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門 准教授

日本近世史・経済史専攻。江戸時代の経済や社会を古文書から分析する。地域で大切に守られてきた歴史資料を保全し、未来への継承を目指している。

 

※所属等は取材当時のものです。

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