2017年10月30日
  東北大学コラム

【遺伝学から見た食卓革命】 第1回 江戸時代の遺伝学

東北大学大学院生命科学研究科 教授 渡辺正夫

仙台放送ニュースアプリ【みんなのゼミ】にて
2015年8月17日掲載

 

第1回 江戸時代の遺伝学

はじめに

植物は農作物として人類に食糧を提供してくれると同時に、光合成をすることで、地球上に酸素をもたらし、地球上の生きとしいける生命体に命をもたらしています。

 

そんな植物がどの様に繁殖し、品種改良され、人類の食糧となったのでしょうか。また、そうした品種改良を支える遺伝学の歴史、さらには、近年のゲノム科学の発展に伴い、全遺伝子が容易にわかる時代になった現在では、農作物が食糧として利用されることを踏まえて、どの様な光と影があるのかということついて、「遺伝学から見た食卓革命」と題してこれら5回に分けて、概説します。

 

植物にとって花とは

植物は、なぜ花を咲かせるのでしょうか。それは種子として子孫を残すためです(図1)。

 

植物種によって、種子の周りに果実が大きく形成されるものもあれば、そうでないものもあります。種子、果実を農産物として利用するものには、イネ、ムギ、ナタネ、リンゴ、ミカンなど多くのものが考えられると思いますが、それらは食糧として適した形・大きさ・味に品種改良されています。つまり、農産物生産において、開花・結実を理解することは重要なことになります。

 

話を戻しますが、花には雌雄の配偶子である卵細胞と花粉が、それぞれ雌しべ・雄しべ内で形成され、雌しべ上に花粉が付く受粉、卵細胞に花粉内の精細胞が融合する受精を経て、種子が形成されます。

このように、現在の世代から次の世代への橋渡しが種子形成によって起きており、親から子に形質(様々な性質)が継承される現象を「遺伝」と言います。

 

言い換えるならば、遺伝現象が基礎となって現在の農作物の様々な品種改良がなされていることから、遺伝学の理解は基礎生物学的な現象の理解だけでなく、応用的な品種改良においても重要となります。

 

変化アサガオとメンデル遺伝

遺伝学というと「メンデル」を思い出される方がいるかもしれないですね(図2)。メンデル遺伝(詳細は後述の【豆知識】を参照)が日本に伝わる以前、日本の植物の品種改良はどの様に行われてきたのでしょうか。

 

アサガオを例にとって説明していきましょう。江戸時代(19世紀)の日本では、通常のアサガオとは大きく花の形態が異なる、奇異な「変化アサガオ」が多数作出されました。この変化アサガオを維持する仕組みは、メンデル遺伝そのものを理解していなければ、できないものでした。

 

少し難しい話になりますが、1つの植物体が持つ遺伝子として、優性と劣性の対立遺伝子の組合せ(ヘテロ個体)では、奇異な変化アサガオにはならず、普通のアサガオの花になります。ところが、このアサガオで自分の花粉を自分の雌しべにつける自家受粉を行ったとき、普通のアサガオと奇異なアサガオが3:1の分離比で出現します。

つまり、法則を知らないまでも、経験と勘でヘテロ個体を維持して、そこから自家受粉によって劣性ホモ系統、つまり「変化アサガオ」を作出していたのではないかと予想されます(図2)。

 

さらに、1つの遺伝子が壊れただけでなく、2つ以上の遺伝子が壊れた多重変異体も先のメンデル遺伝学を応用して作出が可能です。また、この多重変異体の命名法についても、現在の遺伝学にあるように、変異が起きている遺伝子名を並記する形式を、この当時から採用していました。

 

この変化アサガオの流行は、文化文政期と嘉永安政期の2期といわれており、一方、メンデルが遺伝の法則を発表したのは、1865年です。つまり、メンデルの遺伝の法則発見以前に、日本人が経験と勘の世界かもしれないですが、メンデル遺伝そのものを理解して、その技術を継承していたということは、すごいことだと言えます。

明治維新後、開国と共に様々な西洋の知識、技術が日本に伝来したと言われています。しかしながら、江戸時代にはこの「変化アサガオ」以外にも当時の西洋の技術と変わらないどころか、かえって高い技術を持っていた分野も多くあります。

 

園芸分野もそのひとつで、アサガオと同様に高い人気を誇っていたキクに関しては、明治維新後、中国・西欧に輸出されるようになりました。日本で生まれた鮮やかで花弁の多い大きなキクは、その当時のキクの常識を覆し、大変な人気を誇ったと言われています。

 

話が逸れますので多くは触れませんが、江戸時代の日本人のこうした技術力の高さを、今一度調べ、理解してみるのはいかがでしょうか。素晴らしい技術に行き当たると思いますよ。

 

次回は、ゲノム、つまり、全遺伝情報を解析する技術の進歩がもたらす「光と影」について、お話ししたいと思います。

 

【豆知識】

メンデルの遺伝の法則とは

メンデルの遺伝の法則とは、3つの法則(優性の法則、分離の法則、独立の法則)からできていますが、学校で学んだ時、図3のような挿絵があったことを思い出す方もいるのではないでしょうか。

 

【補足】

変化アサガオが生じる原因については、渡辺の研究室のHPに補足として、「変化アサガオの原因と動く遺伝子」という項目で説明してあります(http://www.ige.tohoku.ac.jp/prg/watanabe/news2/2015/08/12142118.php)。あわせてご覧ください。

 

 

【プロフィール】

渡辺 正夫 (わたなべ まさお)

東北大学大学院生命科学研究科教授

1984年愛媛県立今治西高等学校卒業。1991年東北大学大学院農学研究科中途退学。1991年東北大学農学部助手。1994博士(農学)。1997年岩手大学農学部助教授。2005年東北大学大学院生命科学研究科教授(現職)。

アブラナ科植物を材料(カブ、ハクサイ、キャベツなど)として、自家不和合性の自他識別にどの様な遺伝子が関わり、この現象を機能させているのかについて、30年近く研究。研究成果は、Nature, Scienceをはじめ、100編以上の論文として発表。この自家不和合性研究が評価され、2011年日本学術振興会賞受賞。平行して、小中高でのアウトリーチ活動を700回以上実践、継続中。

趣味は、旅行、読書(歴史関連本)、サッカー観戦。

 

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