2018年12月26日
  コラム

見えない侵略者 第3回 細菌の逆襲-薬剤耐性

東北大学名誉教授 磯貝惠美子(いそがい えみこ)

 

40年以上昔、細菌学の研究を始めたころ「いまさら細菌学の研究をしたところで意味がない。細菌感染症は抗菌剤で制御されるようになったじゃないか。」と言われたことがあります。そうなったら、よかったのですが、現実は違っていました。

抗菌薬の不適切な使用を背景として、薬剤耐性菌が世界的に増加しました。さらに、新たな抗菌薬の開発は減少傾向に向かい、薬剤耐性菌問題は国際社会で大きな課題となっています。

2015 年5月の世界保健総会では、薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プランが採択され、加盟各国は2年以内に薬剤耐性に関する国家行動計画を策定することを求められました。

2016年4月5日、同関係閣僚会議において、我が国として初めてのアクションプランが決定されました。アクションプランには6項目あり、中でも啓蒙、畜産における問題、創薬と診断は重要であると考えられます。啓蒙活動や行動療法によって、ウイルス感染での抗菌薬投与といった不適切な抗菌薬処方(風邪のウイルスに抗菌薬は効果がありません)を減らすことが出来ます。

抗微生物薬のうち細菌に効果を示すものを抗菌薬といいます(図1)。抗菌薬は多くの感染症の治療に役立ってきました。抗菌薬といっても大きく抗生物質と合成抗菌薬に分かれます(表1)。

図1.抗菌薬

細菌は様々の方法によって抗菌薬の攻撃から生き延びようとします。その技は様々であり、膜を変化させる、細菌内部に入ってきた抗菌薬をそとに汲み出す排出ポンプを使う、抗菌薬の作用点を変化させる、抗菌薬そのものを分解してしまう、バイオフィルムを形成するなどがあります(図2)。

図2.抗菌薬から生き延びる細菌たち

 

薬剤耐性菌は現代社会に降ってわいた存在ではありません。北極の永久凍土の中からも見つかっています。耐性菌が増加した要因は抗菌薬が選択圧として働くことによって耐性菌以外が減少し、耐性菌が相対的に増加したことがひとつあげられます。風邪の原因の多くはウイルスです。抗菌薬は効果がありません。処方箋で医者と患者がともに不要な薬を使わないことは耐性菌対策に貢献することになります。

奇跡の薬といわれたペニシリンは抗生物質の一つでアレクサンダー・フレミング(図3)によって発見されました。フレミングは1945年ノーベル賞を受賞し、このときすでに薬剤耐性菌の問題に触れています。この先見性には感服します。

 

図3.アレクサンダー・フレミングーペニシリンの発見

 

耐性菌の代表はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)です。院内感染症の原因菌(院内感染型MRSA)として問題となってきましたが、最近は市中感染型MRSAや家畜由来MRSAなどが増加しています。MRSAに対する抗菌剤の切り札はバンコマイシンでした。これに対してもMRSAは耐性を示すようになり、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)と呼ばれる耐性菌が出現しました。

そのほかの耐性菌としてはペニシリン耐性肺炎球菌、器質拡張型βラクタマーゼ(ペニシリンを分解するβラクタマーゼが変異し、より多くの抗菌薬を分解)産生菌、多剤耐性緑膿菌なども広がっています。1993年、耐性菌への最終兵器とされたカルバペネム系抗菌薬にたいしてもカルバペネム耐性腸内細菌か細菌が見つかりました。

2016年の論文で、家畜(豚)から耐性遺伝子mcr-1をもつ大腸菌が中国で発見され、ベルギーなどでこの大腸菌のヒトへの感染が報告されました。mcr-1が発現した腸内細菌は家畜などの食物や環境から広く検出されています。耐性菌の感染症のうち、食品・家畜関連が原因とされるものは20%に及ぶため、人の領域だけでなく動物の領域でも監視体制と対策が必要とされています。

耐性菌対策の中で創薬の柱になる物質の探索として私が東北大学に在職中に注目したのは抗菌ペプチドです。抗菌ペプチドは、病原性微生物の感染から 宿主を守るための自然免疫の一 つであり、細菌から植物、無脊椎動物、脊椎動物にわたる広い生物種に存在します。感染防御の最前線を担う上皮細胞や好中球などは、自然免疫機構において抗菌ペプチドを産生し感染症や癌の発症抑制に関与しています(図4)。

図4.抗菌ペプチドの特徴と注目される活性

 

天然物リガンドとしての抗菌ペプチドは、ひとつの標的タンパク質と結合する鍵というより、複数の標的を持ち、多彩な機能を有する鍵束と考えられます。抗菌ペプチドは多機能性を有し、抗菌活性だけでなく抗癌活性、免疫賦活作用、創傷の治癒などにも関与しています。

抗菌ペプチドの活性はそのアミ ノ酸組成と配列に基づく立体構造に大きく依存し、細菌類をはじめとし、微生物に対してかなり広範囲な抗菌スペクトラムを示します。このことから新たな耐性菌治療薬としての期待が高いといえます。抗菌ペプチドのターゲットは細胞膜であり、通常は微生物膜への結合を介してその電位バランスの安定性を撹乱したり膜破壊を起こしたりすることで、殺菌あるいは抗菌作用を発揮すると考えられています。

抗菌ペプチドは、進化的に強く保存された生体防御システムです。そのため非常に多くの生物種から様々な抗菌ペプチド配列 が得られています。抗菌ペプチドには決まったコンセンサス配列がありません。 コンセンサス配列がないことは分子多様性を生むことにつながります。

抗菌ペプチドの特徴として、① 10~50 アミノ酸残基からなる 、②塩基性アミ ノ酸を多く含み、正荷電を持つ、③αへリックス構造やβシート構造 をとり、疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸がそれぞれ空間的に分離した両親媒性構造を形成するなどが挙げられます。構成する アミノ酸の組成と配列はペプチドの抗菌活性 に大きく影響を与えており、わずかなアミノ 酸残基が置換しただけで抗菌活性が大きく変動し、これが分子改変を行うときの鍵となります。

 

参考資料

抗微生物薬適正使用の手引き:

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000166612.pdf

 

薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(概要):

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000120777.pdf

 

薬剤耐性アクションプラン(AMR)(本体):

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000120769.pdf

 

プロフィール:

磯貝惠美子 (いそがい えみこ)

東北大学名誉教授

東北大学の磯貝惠美子と申します。これまで、人や動物に病気を起こす細菌の研究などを行ってきました。見えない侵略者-微生物感染症を中心にコラムを連載していきます。よろしくお願いします。現在は40年間にわたる研究生活を終えてフリーター人生を楽しんでいます。東京下町生まれの江戸っ子です。動物のお医者さんになる!(+アフリカに行く)と決めて、北海道大学獣医学部に進学しました。ラスト8年間は東北大学農学研究科動物微生物学分野で学生さんたちと細菌感染症や抗菌ペプチドの研究など頑張ってきました。東北で生きる科学者の使命として福島原発問題に対峙し、被災家畜を通して内部被ばくの実態調査なども行ってきました。人生は短い-1日1日を大事に生きていきたいと考えています。

 

趣味はいろいろ。アニメやマンガも大好きです。ライム病の研究がてらマダニ採取が趣味の時もありました(ダニコレ)。石を集めていた時もあります(イシコレ)。絵を描くことも好きですが、学会発表の時のパワポを作成するぐらいでした。コラムではせっかくなので、絵や4コマ漫画なども描いてみたいと思っています。

 

※所属等は取材当時のものです。

 

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