2019年02月26日
  コラム

見えない侵略者 第4回 食の安全と健康

東北大学名誉教授 磯貝惠美子(いそがい えみこ)

 

食生活は私たちの生命と健康を支えています。安全でない食品が流通することは社会基盤さえも揺るがすことになります。しかしながら、過去から現在に至るまで、多くの健康被害が報告されています。その中でもウイルスや細菌による食中毒の健康被害について少し記載したいと思います。

 

食中毒で代表的な事例は1996年の大腸O157事件です。その後も生レバーによる食中毒発生(現在は提供禁止)や冷やしキュウリによる食中毒など毎年3000~4000人の患者が報告されています。食中毒というと夏のイメージがありますが、冬の代表がノロウイルス感染症です。

 

ノロウイルスは直径30~38nmの正二十面体の小さなウイルスです(写真1:正20面体の石膏模型)。

写真1:正20面体の石膏模型

 

ウイルスは乾燥に強く、4°C で2ヶ月以上感染力を失わず、20°C でも1か月は感染力を保持します(マンガ1:ノロウイルスは強い)。

マンガ1:ノロウイルスは強い

 

このため、飛散した飛沫から空気感染すらも起こします(マンガ2:ノロウイルスはのろくない)。

マンガ2:ノロウイルスはのろくない

 

さらにウイルスはヒトの消化管で非常によく増殖し、下痢を起こします。糞便に含まれていたウイルスは下水が流れ込む河川や海に生息する2枚貝に取り込まれます。食用カキの流通ではノロウイルス対策が行われており、カキ由来のノロウイルス感染症は減少しています。しかしながら、カキの海水浄化能力は優れ、ウイルスを取り込むリスクはゼロとはなりません(マンガ3:カキの復讐)。

マンガ3:カキの復讐

 

感染事例では保育園、小学校、高齢者施設などの集団感染がよく報告されています。保育園などで集団感染が起これば、家族全体に感染が広がります(マンガ4:ノロウイルスがやってきた)。

マンガ4:ノロウイルスがやってきた

 

これらの事例からも、人から人への感染を食い止めることが大事ということになります。なお、ノロウイルスはエタノール消毒に抵抗性です。予防には手洗いを心がけましょう。

 

細菌の研究をやっているからと言って、細菌感染症にかからないというわけではありません。私自身の経験の中で厳しかったのはサルモネラ食中毒(感染型)です。重篤な全身感染症を示すチフス性サルモネラ症(腸チフス、パラチフス)でなかったことは幸いでしたが、下痢・嘔吐・発熱の3拍子で数日間苦しめられました(しかも、アフリカで)。

 

サルモネラ属細菌は腸内細菌科に属し、病原性に関わる因子は腸管粘膜への付着および定着、運動性、細胞内への侵入と増殖、マクロファージ内殺菌抵抗性、補体抵抗性などが知られており、中国の鶏肉から分離された多剤耐性菌を含むサルモネラでは191の毒力遺伝子が同定されています。

 

サルモネラの運動性は鞭毛によるもので、1本しか鞭毛のない緑膿菌などに比べて素早く泳ぐことができます(図1)。

図1.サルモネラは身体全体に鞭毛を持ち、素早く泳ぐ。鞭毛の動きは分子モーター(ナノマシン)による

 

熱に弱く、60°C15分で死滅します。食中毒予防の「つけない、増やさない、やっつける(加熱)」はとても有効です。

 

非チフス性サルモネラ症ではヒトの下痢症や食中毒の原因となるものとして、血清型TyphimuriumやEnteritidisなどがあります。これらはポピュラーなサルモネラであり、重篤な症状から軽い下痢まで様々な程度の病原性を示します。

 

胃腸炎以外の感染としては、敗血症以外に感染性大動脈瘤、感染性心内膜炎、尿路感染症、腎膿瘍、骨髄炎、関節炎、脳症、髄膜炎などを引き起こすこともあります。深部臓器の侵襲性サルモネラ感染は菌血症をきっかけに発見されることがほとんどで迅速な対応が必要とされます。

 

サルモネラは、家畜(鶏、豚、牛)や野生動物(ドブネズミ、ハタネズミ、クマネズミ、スズメ、ハ虫類)などの動物の腸管や河川、下水など自然界に広く分布しています。食品を汚染する細菌に耐性菌が含まれれば、食品流通によって世界各地にそれが拡散することになります。

 

すでに世界各地で鶏肉、魚介類、農産物などから基質特異性拡張型β―ラクタマーゼ産生サルモネラ(第3世代セフェム系抗菌薬耐性)が分離されています。基質特異性拡張型β―ラクタマーゼは広い範囲のβ-ラクタム系抗菌薬を分解する意味で、extended-spectrum β-lactamase(ESBL)と表記されます。

 

こうした菌株はカルバペネム系抗菌薬で対応できるといえますが、さらにカルバペネム系抗菌薬にも耐性を示すNDM-1産生サルモネラの治療は困難となる可能性があります。国外では超多剤耐性(XDR)サルモネラが鶏肉から分離されているため、その拡散が懸念されています。アジアの特定地域などでは抗菌薬を簡単に購入でき、その乱用による耐性化が進むことや産生遺伝子がRプラスミドであるためにすべてのグラム陰性菌に伝播-拡大が指摘されています。

 

【プロフィール】

磯貝惠美子 (いそがい えみこ)

東北大学名誉教授

東北大学の磯貝惠美子と申します。これまで、人や動物に病気を起こす細菌の研究などを行ってきました。見えない侵略者-微生物感染症を中心にコラムを連載していきます。よろしくお願いします。現在は40年間にわたる研究生活を終えてフリーター人生を楽しんでいます。東京下町生まれの江戸っ子です。動物のお医者さんになる!(+アフリカに行く)と決めて、北海道大学獣医学部に進学しました。ラスト8年間は東北大学農学研究科動物微生物学分野で学生さんたちと細菌感染症や抗菌ペプチドの研究など頑張ってきました。東北で生きる科学者の使命として福島原発問題に対峙し、被災家畜を通して内部被ばくの実態調査なども行ってきました。人生は短い-1日1日を大事に生きていきたいと考えています。

 

趣味はいろいろ。アニメやマンガも大好きです。ライム病の研究がてらマダニ採取が趣味の時もありました(ダニコレ)。石を集めていた時もあります(イシコレ)。絵を描くことも好きですが、学会発表の時のパワポを作成するぐらいでした。コラムではせっかくなので、絵や4コマ漫画なども描いてみたいと思っています。

 

※所属等は取材当時のものです。

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