2017年03月01日
  まなぶひと

まなび情報誌「まなぶひと」 2017年3月号

特集:旧仙台医学専門学校六号教室 (魯迅の階段教室)

 

―「惜別」の春―

中国の文豪魯迅こと周樹人は、東北大学医学部の前身・仙台医学専門学校で学んだ留学生の一人でした。

恩師の藤野教授がわずか1年半で仙台を旅立つ春に周青年へ贈った言葉、それが「惜別」です。

『ノートは取れますか?』
解剖学などを教えた当時30歳の藤野厳九郎教授は、周青年のノートを毎週持ち帰り添削しました。
戻されたノートはびっちり朱書きで埋め尽くされ、日本語の文法まで直されていたといいます。

 

―身体を治すのではなく、精神を治すのだ―

留学中に教室で見た日露戦争の幻灯(スライド)をきっかけに、周青年はその進路を大きく変更することとなります。処刑される中国人スパイを見ながら「万歳」と叫ぶ同級生。さらには帰国後にみた、同胞の銃殺に喝采の声をあげる中国のひとびと。

人間の精神の腐敗に落胆と憤りとを覚えた周青年は、矯正すべきは人の身体ではない、精神であるとして、医学の道から文学の道へと人生の舵を大きく切ります。

仙台医学専門学校で使用された幻灯

 

(東北大学史料館所蔵)一部の同級生からは、中国人であることからの偏見や、藤野教授から贔屓を受けているとの中傷の目を向けられつつも、生涯で最も敬愛する師と出会い、勉学に勤しみ、そして人生の大転機となる体験を得たのが仙台の地であり、この階段教室は文豪・魯迅の誕生を語る上で欠かせない歴史的空間です。

魯迅の階段教室は1904年の建築後、改修・移築を経ながらも、今なお周青年が留学していた頃の面影を残す歴史的な建築物として東北大学の一画にその姿を留め、後進たちの来訪に扉を開き続けています。

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