2019年01月15日
  まなぶひと

まなび情報誌「まなぶひと」 2019年2月号 Vol.48

特集:西澤記念資料室

―跡を慕いて―

2018年10月、東北大学第17代総長であった西澤潤一氏がこの世を去りました。「ミスター半導体」、「光通信の父」、そして「戦う研究者」とも呼ばれた西澤氏の足跡は、現在も東北大学のそこかしこに残されています。

 

「ミスター半導体」のはじまりは、西澤氏が大学院3年目の24歳のとき。西澤氏は、それまでのP層とN層の二層からなる「PNダイオード」の間に、「Ⅰ」で表現される、不純物がほとんど入っていない真性半導体をはさみ込んだ「PINダイオード」を発明しました。当時では信じられないほどの高い特性をもつ半導体の誕生です。

しかし、PINダイオードの研究内容は、当時の大家の仮説を否定する実験結果が含まれいていたため学会では受け入れられず、また研究論文を学会誌にも投稿できない不遇の日々が続きます。それでも西澤氏は日々半導体素子の実験と研究に没頭し続けました。

そして、後に学士院賞を受賞する研究となった直流送電や音響アンプなどにも使われる静電誘導トランジスタ(SIT)の開発や、「光通信の父」たる所以である光通信技術に必要な要素のすべて、即ち、PINフォトダイオード(光を電気に変換)のほか、半導体レーザー(電気を光に変換)、光ファイバー(光の伝送)を開発します。

その他、現在信号機や車のヘッドライトなどにも多用されている高輝度発光ダイオード(LEDの赤・黄・緑)も西澤氏の発明です。

西澤記念資料室内に展示されている実際の研究に使用された各種装置。完全結晶の作製、それを用いた装置を評価するための新しい装置など、必要なものをすべて作り上げていった。室内では西澤氏が出演したテレビ番組や著作も閲覧できる。

 

しかし、いずれの大発明においても、日本の学会や工業界はすぐに正当な評価を与えるものではありませんでした。欧米の技術の模倣と後追いに熱心な時代。日本人が独創的な研究などできるはずがないと当時の日本人自身が思い込んでいた時代でもあったのでしょう。

 

そんな時代でも西澤氏がただひとつ信じ続けたものは「実験データ」でした。教科書に書いてあることと違っても、誰に認められなくても、実験データだけは真実である。不屈の精神で次々に発明を続けた西澤氏が開発した実験装置などは、今も彼が所長を務めた旧半導体研究所の建物内の「西澤記念資料室」に残されています。

 

 

クラシック音楽や絵画などの芸術にも造詣の深かった氏。パリの国立マルモッタン美術館に展示されたモネの 「睡蓮」をみて、絵が上下逆さに展示されているのに気付いた話も有名です。そして二十世紀最大の宗教画家とも呼ばれるジョルジュ・ルオーについてもこう語っています。「ルオーでさえこの苦しみに耐えたんだ」。それは画壇や親友たちにさえ自らの画風を酷評され、苦しみ抜いたルオーへの共感と、自らへの奮起の言葉でした。

 

世界最大の学会「米国電気電子学会(IEEE)」により、エジソンより続く20世紀の天才として、その名を冠した賞『西澤潤一メダル』を永久に創設された西澤氏。

 

数知れない不遇と栄光とを生き抜いた西澤氏が大切にしたもの、その面影は、このキャンパスの中に、そして我々の生活の中に、これからも生き続けます。

西澤氏が所長を務めた電気通信研究所内の敷地にある「光通信発祥の地」の碑。 光通信関連の業績を讃えて, 元スタンレー電気社長の 手島透氏によって 建てられた。同様の碑が川内キャンパスの旧半導体研究所敷地内にもある。

 

西澤氏が授与されたIEEE Edison Medal。電気電子学の分野では世界トップクラスの賞とされる。2000年に西澤氏が日本人で初めて授与された。

2002年にIEEEにより創設されたJ.Nishizawa Medal。材料科学、素子技術分野で優れた業績を上げた者に授与される。

上記2つのメダルのほか、歴代の成果などを展示する電気通信研究所内展示室。

 

西澤記念資料室

アクセス:仙台市青葉区川内28 東北大学川内キャンパス(入試センター内)

開館日:毎週月曜~金曜(土、日、祝祭日は除く)

開館時間:午前9:00~午後4:00

臨時的に閉館することがありますので、遠方からお越しの方は、 事前に次までお問い合わせください。

東北大学 教育・学生支援部 入試課
TEL:022-795-4804

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