2017年07月27日
  東北大学コラム

トランプ時代の中東と仙台(後編)

東北大学 法学研究科・公共政策大学院 教授  若林 啓史

3.トランプ政権の登場

2016年はアメリカの大統領選挙の年でした。この年は中東におきましては、「サイクス・ピコ協定」からちょうど百周年に当たるのです。サイクス・ピコ協定というのは、第一次世界大戦たけなわの1916年、オスマン帝国と戦っていた英仏が、大戦後の中東での勢力範囲を定めた秘密合意です。実際はこの協定にロシアやイタリアが加わったり、ロシア革命後、協定が暴露されたりという経緯をたどりました。しかし、ほぼサイクス・ピコ協定に沿った形でオスマン帝国のアラブ地域は切り離され、英仏間で分割されたのです。英仏の支配は国際連盟の委任統治という形式を取りましたために、国際連盟に入らなかったアメリカと、ロシアの革命政権は中東の分割から締め出されました。

 

この百年間の中東における国際政治は、マクロに観ていきますと、この英仏による分割が、徐々に米露の勢力圏に置き換わっていったプロセスではないかと思われます。英仏は十九世紀を通じて植民地獲得競争を繰り広げました。両国は競争相手である一方、ドイツなど新たな競争相手の参入には手を結んで対抗しました。

 

第一次大戦後新たに中東との関わりを深めていくアメリカとソ連は、第二次大戦を経て冷戦の時代になりますと、中東において本格的な勢力争いを展開します。1956年のスエズ危機では、中東の旧勢力英仏がエジプトの革命政権打倒に動きました。これに対し、米ソが反植民地主義を唱えて英仏の意図を挫いてしまいます。スエズ危機における英仏米ソの四者の登場が、新旧両勢力の転換点と評価可能でしょう。

 

冷戦時代米ソは激しく競争しましたが、中東において英仏に取って代わろうという点においては、米ソは共通の利益を有していたのです。これは冷戦が終わってソ連がロシアに変わっても踏襲されました。「アラブの春」における各国の行動を観察しますと、英仏が中東における影響力を残そうと懸命になっているのに対し、米露が暗黙の合意に従って新たな勢力範囲を設定し、旧勢力英仏を駆逐しているように思われます。特にシリアを巡ってはその様相が顕著です。サイクス・ピコ協定から百年で、このプロセスがついに完結したようです。

 

昨年の選挙で大方の予想を裏切って当選したトランプ大統領は、就任後四ヶ月を超えたところです。中東についてトランプ氏は候補の時代から、数々の発言をしました。そして5月には就任後初の外遊先として、中東ではサウジアラビアとイスラエル、パレスチナ自治区を選びました。その間のトランプ候補/大統領の言動は、中東からの入国停止をはじめとして国際社会の耳目を集めたのはご承知の通りです。イランやシリアについても大胆な政策転換を示唆し、実際に4月にはシリアの政権側施設を巡航ミサイルで攻撃しました。

 

しかしトランプ大統領の言動を時系列に沿って並べてみますと、候補の時代から大幅にぶれているのがわかります。候補としての発言は政治キャンペーンの一環であり、これを伝えた米メディアの報道は一定の誇張が否定できません。トランプ大統領の言動のぶれの方向を見ますと、過激な方向から多少穏当な方向に修正されています。

 

トランプ外交を「取引外交」と銘打った評論がありましたが、確かに彼の当初の発言は本人の「言い値」であって、関係者が反発して値切りにかかると、値引きに応じてくれる習性はあるようです。シリア攻撃は、これまでの構図を劇的に変更するものと国際社会を驚かせました。しかしトランプ大統領は、オバマ政権から続くロシアとの暗黙の合意に沿った「アラブの春」収束のシナリオを破壊することまでは考えていないとみられます。

 

4.中東と仙台

法務省が昨年公表した統計によりますと、在留外国人の総数は230万人余り、うち中東と目される国々からの在留は1万6千人余りです。中東諸国人の割合は少ないと思いますが、地理的に離れていること、歴史的因縁が比較的薄いことからそのような実態なのでしょう。

 

宮城県には同じ統計で全外国人は18,197人の在留、そして中東系は173人います。東北大学には昨年の統計で全世界からの国費・私費の留学生と外国人研究者を合わせて4,602名、うち中東諸国からの留学生と研究者は139名在籍しています。少し目立つ数字なのがイランからの留学生・研究者の46名、これは東京大学に来ているイラン人30名と比べても特色がうかがえます。これは、東北大学とテヘラン大学が1999年に学術交流協定を結び、主に理工系の分野で優秀なイラン人研究者を受け入れ続けていることが背景にあります。

 

東北大学で学んだ著名なイラン人研究者には、現在のテヘラン大学総長、タルビヤト・モダッレス大学学長、科学研究技術省顧問、環境省顧問など名だたる科学者が存在し、それぞれの分野で活躍中です。

 

仙台には、モスクを兼ねた「仙台イスラム文化センター」があります。また、トルコとイランはそれぞれ市民との交流団体を作っています。また、市内にはトルコ、パレスチナ、イスラエルなどの料理を味わえるレストランがあり、食文化交流を体験できます。皆様も身近なところから、中東の文化に親しんで頂ければと思います。

 

【プロフィール】

私は昨年9月外務省から東北大学に参りまして、約二年の任期で公共政策大学院の実務家教員として研究・教育に従事しています。外務省に入省したのは1986年ですから、三十年ほど勤務したわけですが、その間海外ではシリア、 ヨルダン、イランにそれぞれ二回、イラクとオマーンには一回、合わせて十三年間にわたって中東諸国の日本大使館に在籍していました。これは外務省でアラビア語を研修した縁です。1990年には赴任先のイラクで湾岸戦争に巻き込まれ、2011年にはシリアでの混乱が発生し、いずれも大使館を一時閉鎖して隣国に退避する場面に出会いました。このたび仙台に落ち着いて静かな環境で中東 を眺めることができましたので、大学院におきましては若干の体験を元にした「国際危機管理」というワークショップを開講しています。並行して、学部と大学院合同の「外交史」という科目で、中東の近現代史を講義しています。

 

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