2019年09月24日
  コラム

「フェロモンを使って害虫防除」

フェロモンを使って害虫防除

 

フェロモンという言葉を聞いたことはあるでしょうか?ネットで検索すると,“フェロモン入りの香水”など,女性が男性を惹きつける香りといった趣旨の話がたくさん出てきますが,人間のフェロモンについては,未だ学術的検証が必要な段階です。このコラムでは,フェロモンという用語が生まれるきっかけとなった昆虫のフェロモンについてお話しします。昆虫フェロモンは害虫防除への応用という観点から注目され,過去半世紀あまりで,飛躍的に研究が進みました。

 

フェロモンとは?

『昆虫記』で有名なファーブルは,雌のガが出す匂いに雄のガが引き寄せられることに気付いていましたが,その匂いの実体を初めて明らかにしたのは,ドイツのノーベル賞科学者ブテナントでした。ブテナントはカイコガの雌50万匹から,油状のアルコール性化合物を6ミリグラムあまり取り出すことに成功しました(1959年)。雌1匹あたりおよそ1億分の1グラムという少なさです。その化合物の作用は驚くほど強く,100京分の1グラム(10–18グラム)を1ミリリットルの溶剤に溶かした薄さで,雄のカイコガを興奮させることができました。この研究がきっかけとなりフェロモンという用語が定義されることになりました。日本語に訳すと「動物個体によって生産されて体外に排出され,同じ生物種の他の個体に特異な反応を引き起こす化学物質」となります。似た言葉に“ホルモン”がありますが,ホルモンは自分で作って自分に効くのに対して,フェロモンは自分ではなく,他人に効く点が大きな違いです。その他人も,同じ生物種に属する他人に限定されます。例えば,クロゴキブリの雌が出す性フェロモンはクロゴキブリの雄だけに効き,チャバネゴキブリには効きません。クロゴキブリとチャバネゴキブリでは生物種が違うからです。性フェロモンという言葉が出てきましたが,次に,フェロモンの機能について述べます。

 

フェロモンの機能による分類

フェロモンは雌が雄を引き寄せる物質というイメージがありますが,フェロモンの機能は様々です。

 

例を挙げると,(1) 性フェロモン:異性を誘い,交尾に導く(多くの昆虫で知られている。ただし,ホタルのように視覚で,ショウジョウバエのように聴覚(羽の振動)で雌雄を認識する昆虫もいる)。

 

(2) 集合フェロモン:性に関わりなく,同種の昆虫を集める(キクイムシなど)。

 

(3) 警報フェロモン:敵の侵入を伝える(ハチなど)。

 

(4) 道しるべフェロモン:餌場までの道を示す標識(アリなど)。

 

その他にも色々な機能を持ったフェロモンが知られていますが,害虫防除という点では,性フェロモンと集合フェロモンが重要です。

 

フェロモンの害虫防除への利用

昆虫が作り出すフェロモンはごく微量であるため,害虫防除用のフェロモン(有機化合物の仲間)は有機化学の理論に基づき,工場で大量に化学合成されています。昆虫が作るものと同じ物質であり,人畜魚に無害です(フェロモンの使用は有機農法として認められています)。利用方法は主に3つです。

 

1つ目は発生予察です。性フェロモンを仕込んだトラップを使って害虫を捕獲し(図A),その数を数えることで,害虫の発生状況が分かります。捕獲できるのは成虫ですが,成虫の発生ピークは交尾の最盛期と重なります。交尾の最盛期が分かれば卵が孵化して小さな幼虫が生まれる時期を予測できます。小さな幼虫は少量の農薬で駆除できますので,効率的な駆除が可能となります。

 

2つ目は交信撹乱で,現在最も普及している方法です。雌が性フェロモンを発散し,そのフェロモンの流れを雄が触覚で感知すると,雄はフェロモンの濃度が高くなる方向に飛んで行くことで雌を見つけることができます。もし,畑一面が高濃度のフェロモンで充満していたら,雄は雌の居場所を特定できなくなり,交尾ができないため次世代の害虫が生まれません。プラスチックのチューブに仕込まれたフェロモン製品が販売されています(図B)。

 

3つ目は大量誘殺です。フェロモントラップを使って,大量の害虫を捕獲して駆除する方法です。

 

フェロモンは1匹の虫も殺すわけではないので,フェロモンによる害虫防除では天敵昆虫(益虫)による害虫防除も同時に活用できます。安全で安心できる作物の生産手段として,フェロモンがますます普及することを期待しています。

 

(A) ガの発生予察用フェロモントラップ(写真提供:富士フレーバー株式会社)。(B)ガの交信撹乱用フェロモンチューブ(写真提供:信越化学工業株式会社)

 

【プロフィール】

桑原 重文(くわはら しげふみ)

東北大学 大学院 農学研究科 教授

専門は有機合成化学,天然物化学,化学生態学。フェロモンのように,生物はごく微量しか作り出さないが,人間にとって有用な生理作用を持っている有機化合物を人工的に大量に作り出す方法(合成法)の開発と利用について研究しています。

 

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