2017年09月22日
  東北大学コラム

【セリフで分析 シェイクスピアの世界】第4回 マクベスと魔女の予言

東北大学大学院 文学研究科 准教授 岩田美喜

仙台放送ニュースアプリ【みんなのゼミ】にて
2015年7月16日掲載

 

2014年の夏に、スコットランドがイングランドからの独立の是非を問う国民投票を行ったのは、記憶に新しいところです。結果は、ご存知の通り不賛成が上回ったわけですが、これが2015年5月のイギリスの総選挙におけるスコットランド民族党の大躍進につながりました。しかし、そもそもこうした独立運動の根っこは、どこにあるのでしょうか? 実は、シェイクスピアの悲劇『マクベス』は、この問題と無関係ではありません。

 

1603年に、「処女王」と称されたエリザベス1世が後継ぎのないまま没し、テューダー王朝は絶えてしまいました。そこで、エリザベスのいとこであった、隣国スコットランドの王ジェイムズ6世に、イングランド王を兼任してもらうことになったのです(イングランド王としてはジェイムズ1世と呼ばれます)。これを「同君連合」といい、1707年にスコットランドがイングランドに併合される最初の一歩となりました。

 

 

このジェイムズ1世の御前で上演するために書かれたと考えられているのが、『マクベス』(1606)という芝居で、11世紀のスコットランド領主マクベスの、王を弑してのちに自らも破滅する生き様を題材にしています。しかし、シェイクスピアが新国王を喜ばせようとしたのは、彼の故国を舞台にすることだけではありません。悪魔学に並々ならぬ関心を寄せていたジェイムズ1世のため、主人公マクベスが野心のために身を滅ぼす心的過程は、「3人の魔女の予言」という道具立てを通じて描かれているのです。

 

芝居の幕開け、雷鳴とともに現れた3人の魔女は、「きれいはきたない、きたないはきれい」(fair is foul, and foul is fair)という不思議な呪文を唱えながら、すぐに退場します。

 

このように、同じ子音で始まる語を繰り返してリズムを取る技法を頭韻(alliteration)といい、英詩ではごくありふれた修辞法なのですが、ここでは意味的に正反対の語を用いているのがポイントです。

 

「fair=美しい、正しい」と「foul=汚れた、不正な」を等しく並べることで、魔女の呪文は劇世界の秩序を乱しにかかっているのです。

 

そして、この呪文は本当に効くのです。1幕3場、王への反乱軍を鎮圧したマクベスが初登場すると、開口一番こう呟きます——「こんなに晴れてるかと思えば荒れ模様の日は、初めてだよ」(So foul and fair a day I have not seen)。

 

もちろん、マクベスの言っている “foul” と “fair” はそれぞれ天候を指しているのですが、観客はこれを聞いてあっと思ったことでしょう。彼はすでに、魔女と出会う前から彼女たちの魔法にかかり、同じような言葉遣いをしています。彼がやがて魔女の口車に乗せられてしまうことが、この瞬間にすでに予兆されているのです。

 

魔女たちの、人には抗いきれない魔力とは、ことばが持つ力そのものの体現です。それをシェイクスピアは、“fair is foul” という、たった3語で見事に示しているのです。

 

次回は「第5回 『リア王』と否定主語構文」です。

 

 

【プロフィール】

岩田 美喜(いわた みき)

東北大学大学院文学研究科准教授

使用言語とアイデンティティの観点から、イギリスとアイルランドの演劇を研究している。

編著書に『ライオンとハムレット』(松柏社、2003年)、『ポストコロニアル批評の諸相』(東北大学出版会、2008年)など。

趣味 演劇鑑賞、油絵、スキー

 

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