2018年02月09日
  コラム

ソーシャル・キャピタルってなに?

東北大学大学院文学研究科  行動科学専攻分野   佐藤嘉倫 教授

 

1.ソーシャル・キャピタル――耳慣れない言葉

皆さんは「ソーシャル・キャピタル」という言葉を聞いたことがありますか?おそらく多くの人にとって初耳だと思います。日本語では「社会関係資本」と訳されることが多いです。ますます分かりにくいですね。

 

簡単に言えば、ソーシャル・キャピタルとは人間関係のことです。専門的に言えば両者は微妙に異なりますが、ここでは細かいことにはこだわらないことにしましょう。

 

一般の人にはあまり知られていないソーシャル・キャピタルですが、世界中の社会科学者が注目しています。また研究者だけでなく、日本の内閣府や世界銀行のような国際機関も関心を持っています。たとえば内閣府は2003年に『平成14年度 ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて』という報告書を刊行しています。

(この報告書はこちらでも、で見ることができます。)

 

なぜ研究者だけでなく、政府や国際機関までソーシャル・キャピタルに熱い視線を向けているのでしょうか。それはソーシャル・キャピタルがいろいろなプラスの効果を持っているからです。次にそれを見てみましょう。

 

2.ソーシャル・キャピタルのプラスの効果

ソーシャル・キャピタルの効果を見るときには、どの水準で見るのかをはっきりさせないと混乱が生じます。ここでは、個人レベル、地域社会レベル、国レベルという3つの水準で考えることにしましょう。どの水準でも多くのプラス効果が報告されていますが、ここではいくつかかいつまんで説明します。

 

個人レベルでは、健康、幸福感、出世を取り上げましょう。ソーシャル・キャピタルと健康の関係に関するさまざまな社会調査によると、ソーシャル・キャピタルを多く持っている人は健康状態が良いと答える傾向にあります。幸福感についても同様の結果が出ています。家族や友人と良い人間関係を保っている人ならば、健康状態も良いし幸福だと感じるでしょう。これは直感的にも分かりますね。

 

しかし出世となると少し話が分かりにくいかもしれません。しかしソーシャル・キャピタルを「コネ」と考えると分かりやすくなります。会社で自分よりも地位の高い人と良好な人間関係を保っていると、そうでない人よりも出世しやすいでしょう。

 

地域社会レベルでは、ソーシャル・キャピタルは防犯や災害復旧に役立ちます。自治会や町内会の活発な地域や住民の間の関係が良好な地域では、役員による防犯見回りや住民同士の防犯活動によって、犯罪を防ぐことができます。またソーシャル・キャピタルの豊かな地域は、そうでない地域よりも大災害からの復旧が速いことが報告されています。人間関係が良好な地域では、日ごろから住民間のコミュニケーションが活発なので、復旧に関するさまざまな問題について話し合ってそれらを解決することができます。

 

国レベルでは、ソーシャル・キャピタルは政治活動、経済活動、市民活動にプラスの効果を持ちます。ソーシャル・キャピタルの豊かな国では、人々が他の人々だけでなく政府や社会制度に対しても高い信頼を持っているので、さまざまな活動が活性化します。

 

このようにさまざまなプラスの効果を持つソーシャル・キャピタルですが、2つ注意すべきことがあります。1つはマイナスの効果もあるということです。そしてもう1つはソーシャル・キャピタルが人々の間で偏って存在するということです。

 

3.ソーシャル・キャピタルのマイナスの効果

マイナスの効果はいろいろと報告されていますが、ここでは1つだけ、密接な人間関係がもたらす弊害についてお話しします。先に述べたように、親しい家族や仲の良い友人を持っている人は健康で幸福感も高い傾向にあります。しかしそういった人々との関係が緊密すぎると、マイナスの効果が出てきます。家族や友人と親しすぎると息苦しいというのは直感的に分かりますね。しかしそれだけではありません。いつも同じ人と付き合っていると、外から新しい情報が入ってこなくなります。次の2つの人間関係を比較してみましょう。

左側の図ではAさんはBさん、Cさんとつながっていて、BさんとCさんもつながっています。ここでBさんがある人のうわさ話をAさんとCさんにしたとしましょう。おそらくその話を聞いたCさんはAさんにその話をするでしょう。そうすると、AさんはBさんから聞いたのと同じ話をCさんからも聞かされることになります。このような状態は「情報が冗長である」と言われます。同じ話が3人の間でぐるぐる回っている状態です。

 

これに対して、右側の図ではBさんとCさんはつながっていません。このため、AさんはBさんとCさんから別の情報を受け取ることができます。情報が冗長ではない状態です。もしこの情報がたわいないうわさ話ではなく、新しいビジネスに関する情報だったらどうでしょう。Aさんが起業家だったら、左側の図ではAさんはBさんとCさんから同じ情報しか得られず、新しいビジネスチャンスを逃してしまいます。これに対して、右の図ではAさんはBさんとCさんからそれぞれ別のビジネスに関する情報を得ることができ、新しいビジネスを立ち上げる可能性が高まります。あまりに緊密な人間関係に埋め込まれていると、情報がとても冗長になって、新しい情報が入ってこなくなるという問題が生じます。

 

4.ソーシャル・キャピタルが生み出す不平等

ソーシャル・キャピタルは人々の間で同じように存在しているわけではありません。ソーシャル・キャピタルを多く持っている人もいれば、あまりない人もいます。このようにソーシャル・キャピタルが人々の間で偏って存在していること自体は問題ではありません。

 

しかし、ソーシャル・キャピタルが人々の健康や幸福感、出世に影響を与えるとしたら、人々の間に不平等が生じてしまいます。ソーシャル・キャピタルの豊かな人は健康で、幸福を感じていて、出世する傾向があります。一方、ソーシャル・キャピタルの乏しい人はそのような望ましい状態にありません。ソーシャル・キャピタルが社会的不平等を生み出してしまうのです。

 

ソーシャル・キャピタルの乏しい人がソーシャル・キャピタルを獲得できれば、問題は解決します。しかしソーシャル・キャピタルの基本は人間関係なので、自分が他の人と関係を結びたいと思っても、相手にその気がなければ関係は成立しません。友人関係や恋人関係を思い浮かべれば、よく分かりますね。このように、ソーシャル・キャピタルは人と人の間に存在するので、人が「作りたい」と思っても自由に作ることができません。ここに、ソーシャル・キャピタルを作り出すことの難しさがあります。このことについてはまた別の機会にお話しできればと思います。

 

 

【プロフィール】

東北大学大学院文学研究科 行動科学専攻分野

佐藤 嘉倫 教授

合理的選択理論の視点から、信頼や社会的不平等の解明に取り組んでいる。

編著に『ソーシャル・キャピタルと格差社会』(東京大学出版会、2014年)がある。

趣味 ジャズ鑑賞、ギター、料理、スキー

※所属等は取材当時のものです。

 

 

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