2017年12月06日
  東北大学コラム

【セリフで分析シェイクスピアの世界 Part2】第5回 歴史に命を吹き込んだ『リチャード三世』

東北大学大学院文学研究科准教授 岩田 美喜

仙台放送ニュースアプリ【みんなのゼミ】にて
2015年10月2日掲載

 

つい先だっての2015年9月9日、イギリスのエリザベス二世が、ヴィクトリア女王(在位1837-1901)を抜いて、イギリスの女王として在位期間が歴代最長となり、国際的にも大きく報道されました。このように、イギリスは現代でも王室が大きな存在感を持っている比較的珍しい国なのですが、国民への親愛感を売りにする現王室と違い、17世紀後半の名誉革命に至るくらいまでの英王室は、骨肉相争う血なまぐさい歴史を持っていました。

 

なかでも特に暴君として名高かったのが、ヨーク朝最後の王・リチャード三世(在位1483-85)です。ヨーク朝の後に興ったテューダー朝に書かれた歴史書によれば、彼はうまれつき背骨が曲がった障碍者で、心もねじけており、兄エドワード四世の王座を簒奪せんとして、彼の二人の王子が私生児だと訴えて彼らをロンドン塔に幽閉し、あまつさえ幼い王子たちを暗殺したことになっています。

なるほど、これだけ読むと確かに大した悪人です。しかし、近年歴史学の分野で、こうしたリチャード三世像の大きな見直しが進んでいます。実際は、リチャード三世を斃してテューダー朝を新しく立ち上げたヘンリー七世こそ、王家の血を引かない(彼はランカスターという王家の血を引く女性の夫というに過ぎません)簒奪者に近かった。そういう負い目があるからこそ、正当化のためにテューダー王室はリチャード三世を徹底的に悪人にして、自分たちが圧制からの解放者であるような歴史を作らざるを得なかった、という訳です。正史とはつまり「勝者が書く歴史」のことなので、事実というよりは神話に近くなってしまうのです。

 

テューダー神話が描くところのリチャード三世が正しくないことは、考古学的にも実証されています。彼の遺体はきちんとした埋葬もされなかったので、長らく行方不明でしたが、2013年にレスター大学考古学研究室がこれを発見し、丁寧な遺骨調査が行われました。それによると、遺骨は激しく損傷していたものの、ほとんどは戦傷および死後に辱めとして加えられた傷であって、先天的な障碍があったとは認められないということです。身体的欠陥と心根の醜さを結びつけて考える当時の風潮が、リチャードが障碍者だったという伝説を生んだのです。

 

シェイクスピアがリチャード三世を主役にした歴史劇『リチャード三世』(1592頃)を執筆した時に、彼が資料にできたのはもちろん、こうしたテューダー朝に書かれた書物でした。ゆえに、シェイクスピアのリチャード三世も、背中の曲がった非道な悪人として描かれています。それどころか、この芝居の人気のゆえに、誤ったリチャード像が何百年も流布してきたのだと言えます。

 

では、シェイクスピアは捏造の歴史に加担した主犯の一人なのでしょうか? まあ、言って見ればそうなのですが、話はもう少し複雑です。というのも、イギリスでは『リチャード三世』は、『ハムレット』を凌ぐほどの上演回数を誇る大人気の芝居で、シェイクスピア俳優なら誰もが演じてみたい、きわめて魅力的な悪人なのです。

 

実際のリチャードは生真面目で四角四面な人物だったようですが(例えば、エドワード四世の婚姻に問題があったのは確かで、王子たちが王位継承権を持っていないというリチャードの主張は、むしろ性的・倫理的な潔癖感から来ていたようです)、これをシェイクスピアは、自分の悪意をすら冷静に分析する、理知的で、行動力に溢れ、しかも茶目っ気もある男に書き換えてしまいました。テューダー朝が闇に葬りたかった王は、こうして舞台の上で永遠の命を得たのです。

 

芝居の大詰め、リッチモンド(後のヘンリー七世)との決戦前夜の5幕4場(版によって、5幕3ないし5場のことも)、野営するリチャードの元へ、彼がこれまで殺した人々の幽霊が群れ集って、口々に「絶望して死ね」(Despair and die)という呪いをかけます。寝汗びっしょりで目を覚ましたリチャードは、自分が何に怯えているのかと自問自答します。

 

俺は何を恐れてる? 自分を? ここには他に誰もいないんだから。

リチャードはリチャードが好きなはずだ。だって、俺が俺なんだから。

ここに誰か人殺しでもいるっていうのか? いない―いや、いる。俺だ。

じゃあ逃げろ―何だと? 自分から逃げる? いや、それももっともだ。

でなきゃ俺が復讐するからな―何だと、自分で自分に復讐するのか?

ああ、俺は自分が好きだろう。どうして? だって、今まで自分には

ずいぶん良くしてやってきたじゃないか。

ああ、違う! むしろ俺は自分が憎いんだ、

今まで自分がやってきた忌まわしい数々の行いのゆえに。

俺は悪人だ―いや、そんなの嘘だ。俺は悪人じゃない。

馬鹿め、自分を悪く言うもんじゃない。馬鹿、自分をおだててどうする!

(What do I fear? Myself? There’s none else by.

Richard loves Richard; that is, I am I.

Is there a murderer here? No.―Yes, I am.

Then fly! What, from myself?―Great reason why:

Lest I revenge.-What, myself upon myself?

Alack, I love myself.-Wherefore?―For any good

That I myself have done unto myself.

 

【プロフィール】

岩田 美喜(いわた みき)

東北大学大学院文学研究科准教授

使用言語とアイデンティティの観点から、イギリスとアイルランドの演劇を研究している。

編著書に『ライオンとハムレット』(松柏社、2003年)、『ポストコロニアル批評の諸相』(東北大学出版会、2008年)など。

趣味 演劇鑑賞、油絵、スキー

※所属等は取材当時のものです。

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