2018年04月30日
  東北大学コラム

【単語をとおして見る言葉の世界】第3回 比較すると楽しい

東北大学大学院 情報科学研究科  准教授   長野 明子

仙台放送ニュースアプリ【みんなのゼミ】にて
2016年5月11日掲載

 

第3回 比較すると楽しい

せっかく英語を(もしくは韓国語を、イタリア語を)勉強しようと思ったのに、いまさら手遅れということか!

英語圏(もしくは韓国語圏、イタリア語圏) で育たなかった自分は、永久に英語母語話者(もしくは韓国語母語話者…)のような単語の知識は得られないのか!

2回目のコラムを読んでそのように感じられた方もおられるかもしれません。しかし、思い出してください。これは、英語母語話者(もしくは韓国語母語話者、イタリア語母語話者)についても同様なのです。彼らには、皆さんが日本語についてお持ちのような日本語の単語の知識は、おそらく得られません。

ヒトの幼年期が一回性のものである限り、単語の記号性を身体で体得できる時期も限られているのでしょう。そして、特別な場合を除いて、それは「1つの言語の」単語群に限られるのでしょう。

悲観することはありません。
外国語学習の目標は、母語話者になることではないのです。我々は日本語の母語話者ですので、英語の(韓国語の、イタリア語の)母語話者になることは無理なのです。誰しも身体は1つきり。この身体を抜け出して、人の身体で生きることはできないでしょう。

外国語学習の目標は、そうではなく、「他者を知ること、そして翻って自分を知ること」(外国語の習得が科学者の基礎的訓練である所以です)。

目標をこのように設定しなおすと、外国語の単語というのは、がぜん楽しいものになってきます。外国語の単語の学習は、苦行ではなく、他者のそして己の発見であると、思えてくるのです。楽しむコツは極めて簡単、比較する癖をつけることです。

わかりやすい例から始めましょう。
「親族名称」(family terms)とは、「自分」を基準とする家族関係を表す単語のことをいいます。表1と表2をご覧ください。表1は日本語と英語の親族名称を比較したもの、表2は日本語と韓国語の親族名称を比較したものです。(韓国語についてはハングル文字ではなくカタカナで表記することをご了承下さい。)

表1 日英比較

表2 日韓比較

このように比較することで、我々日本語母語話者は、「自分と同じ親をもつ人間」をいかなる基準で分類しているか―言い換えると、実生活でどのように取り扱っているか―ということがわかります。

●自分との年齢差(自分より年上か、自分より年下か)
●性別(男か女か)

まず、表1の日英比較を見てみましょう。日本語の「兄、弟、姉、妹」という単語は、自分と同じ親に属する人間を、自分との年齢差性別という2つの基準で分類します。

つまり、「自分と同じ親に属する人間のうち自分より年上で男であるもの」というのが「兄」のシニフィエ、「自分と同じ親に属する人間のうち自分より年下で女であるもの」というのが「妹」のシニフィエですね。(注:シニフィエとは記号の意味面、シニフィアンとは記号の音声面をいいます。)

一方、英語のbrotherは、「兄」と「弟」を兼ねる記号であり、シニフィエは「自分と同じ親に属する人間のうち男であるもの」です。同様に、sisterは「姉」と「妹」どちらにも対応し、シニフィエは「自分と同じ親に属する人間のうち女であるもの」です。つまり、英語母語話者は、自分と同じ親に属する人間を性別という基準のみで分類するのです。

自分との年齢差という基準を組み込んだ単語は英語にはありません。英語で「兄」と言いたければ、(my) elder brother, (my) big brother のように句(phrase)―記号の合成― として表現する他ありません。

表1からさらにわかることとして、英語には「自分と同じ親に属する人間」そのものを表す記号があるということです。Sibling (略してsib) がそれです。この単語は自分との年齢差だけでなく性別も捨象しています。日本語でも、「きょうだい」をsiblingに当たる記号として使えますが、漢字で書くとわかるようにこれも「兄(きょう)+弟(だい)」という合成的記号、厳密に言うと複合語 (compound) です。

次に、表2の日韓比較を見てみましょう。
ここでも、日本語の「兄、弟、姉、妹」にぴったりと対応する単語はありません。しかし、日英の場合とは違い方が違うようです。

韓国語母語話者は、日本語の「兄」に対応するものを「ヒョン」(自分が男の場合)と「オッパ」(自分が女の場合)に分類します。日本語の「姉」に対応するものを「ヌナ」(自分が男の場合)と「オンニ」(自分が女の場合)に分類します。一方、日本語の「弟」と「妹」にあたるものは「トンセン」としてひとまとめにして扱います。

実に驚くべき分類ではありませんか?
(練習問題:皆さんのお兄さん、お姉さんは韓国語で何と呼ぶべきでしょうか。)

英語の場合は、きょうだい達の性別が最も重要なのでした。一方、韓国語の場合に最重要なのは自分との年齢差です。まずきょうだいを自分より年上か年下かで分類し、年上のきょうだいについては更に性別で下位分類します。

一方、年下のきょうだいについては性別に関係なくひとまとめにするのです。単一基準で切るという点では「トンセン」はbrotherやsisterに似ています。
韓国語・日本語・英語の分類基準を整理すると次のようになります。

韓国語:自分との年齢差>性別>自分との性差
日本語:自分との年齢差>性別
英語:性別

こうしてみると、韓国語の親族名称の方が英語のそれより難しく感じられる理由がわかりますね。自分との性差(自分と同性か異性か)という基準は、日本語にはない基準だからです。男性にとっての「兄」というものと女性にとっての「兄」というものは分けて扱うべきだ。そういう世界なのです。

今日は外国語の単語学習を楽しみに変える方法について学びました。個々の単語には、その言語を話す人々の生き方(世界との対処法)が凝縮されている。そう考えるとわくわくしませんか?

そして、言語間でのシニフィアンの違いは致し方ないとしても、ヒトの言語である限り、シニフィエには相当の共通性が見られます。そこを利用して、我々がよく知っている日本語の単語と比較するのです。どの点が同じでどの点が違っているか。作業を通じて開けてくるのは、外国語を学んだ人だけが知ることのできる、世界の多層性です。

<もっと知りたい人のために>
野矢茂樹 『語りえぬものを語る』講談社,2011年.

次回は「第4回 マナーは重要」です。

プロフィール
長野 明子(ながの あきこ)
東北大学大学院情報科学研究科准教授
単語の構造・歴史・使用、単語を作り出す方法(語形成)について、英語を中心に研究している。
主著に Conversion and Back-Formation in English (Kaitakusha, 2008).
趣味 映画・音楽鑑賞、ラグビー・相撲・マラソン観戦、カレー屋めぐり

※所属等は取材当時のものです。

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